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「その昔、人の力を遥かに凌駕する異形のものは、畏れ、敬われたものだ。立場をわきまえぬ人間どもに思い知らせてやればよいものを」
愚か者のやることだ。
だが、一刻を争うこの時に、問答を吹っ掛ける行為も賢明とは言えない。
「人と関わる気はない」
その答えに、龍神は笑ったように見えた。
それには構わず姫の様子をうかがった。
胸が小さく上下しているのを見て安堵する。
痛みどめが効いてきたのか、わずかではあるが表情から険しさが消えたように見える。
龍神を見上げた。
「おれの足を動くようにしてくれ」
「それが望みか?」
「命を救えぬというなら、それしかあるまい」
龍神の目が細められたようにみえた。
「もうひとつ、方法がある」
その視線の先には姫の姿があった。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
「何やら面白いものを持っておるではないか」
「……何のことじゃ」
口にしてから、姫に渡した緋色の勾玉のことだと気がついた。
その透きとおった勾玉が揺らいだように見えた。
「あるとは聞いておったが、見るのは初めてじゃ」
「あれに使い道があると言うか?」
「あの勾玉には、強き魂が宿っている」
おばばからは、母の形見としか聞かされていない。
「まことか?」
「礼儀を知らぬこわっぱだ。誰に向かって言っておる」
そういいながらも腹を立てた様子はなかった。
むしろ、愉しげな口ぶりである。「それを、その死にかけている人間に入れてやればよい……手当てさえ必要ないだろう。それほど強き力を持っておる」
形見の勾玉で命を救える、というのか。
だが、叶えられる願いはたったひとつ。
ここで姫が回復したところで、隆家の邸までたどり着ける足がなければ意味がない。
「渡せる命はひとつしかない」
イダテンの答えに、龍神は面白そうに答えた。
「ひとつでよい」
どうなるのか見たいということか――だが、含みがある。
言葉にも切れがない。
なにより、気前がよすぎる。
「何を隠しておる」
そう口にして、気がついた。
「……人の魂ではないな?」
「ただ、ただ、誰かを助けたい、という思念だけで、この世にとどまっておる。長い年月でそれが誰だったか……おのれが何者で、どうすればそれができるかもわからずに……ゆえに、その身を乗っ取られることもあるまい」
龍神は言葉を濁した。
正鵠を射たのだ。
だが、異形の魂であれば、人とは比べ物にならぬほどの生命力があろう。
ならば姫を救うことができる。
三郎の無念を、わずかでも晴らすことができる。
――が、疑念がわいた。
それほどの珠玉を、母は、なぜ自分のために使わなかったのだろう。
都から来た陰陽師さえ、赤子扱いしたという母といえど、魂を操るすべを持たなかったのか。
それとも――「それは……」
この魂を受け入れれば命は助かるのだろう。
――だが、
「……それは、人ではなくなると言うことだな?」
「おそらく、人を遥かに凌駕する力も同時に手に入れることになろう」
「だめだ!」
おもわず叫んでいた。
それでは人とは呼べない。
「これから走ったところで間に合わぬかも知れぬぞ」
「かまわぬ」
迷いなく答えた。
そのときは苦しまぬよう、わが手で首を刎ねてやるまでだ。
*
「イダテン、わたしは……」
姫がようやく絞りだした声もイダテンには届かない。
続けて言葉を発する力もないようだ。
龍神にはわかった。
その珠玉がどのようにしてつくられたかが。
それほどの、思念が、その珠玉にはこもっている。
*風が小夜の頬を撫でた。
母が帰ってきたようだ。
沢から水を汲んできたのだろう。
家の外では心地よい風が吹き、新緑が眩しいに違いない。
山吹の花は、今朝の雨で散ってしまっているだろうか。
自分には、それさえも見ることができない。
見えるのは天井の梁や垂木ばかりだ。
良人のシバが見よう見真似で作ったこれらの細工をいつまで見ることができるだろう。
視力もすっかり衰えた。
この子のためにも生きねばならないとは思う。
だが、産後の肥立ちが悪く、長く臥せったままで、日に日に力が奪われていく。
意識を保てる時も少なくなっていく。
横で眠っているわが子を抱くことはおろか、乳をやることもできなくなっていた。
母が、乳の代わりに米粉を水に溶いて与えていた。
しかし、それも近々底をつこう。
何か売れるものは残っていただろうか。
代わりになる物はあっただろうか。
思いを巡らせていると、目の前を何かが横切った。
そして、すぐに戻ってきた。
輪郭のはっきりしない赤く透きとおったものが顔の上を漂っていた。
それはまるで小夜と赤子を気にかけているように見えた。
――ああ、と、一瞬で理解した。
これはシバだ。
添いとげようと誓った男の魂だ。
ありもしない罪を着せられ、国親の郎党どもに連れて行かれた良人の魂だ。
シバが、魂となって自分達のもとに帰ってきたのだ。