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次の日、山崎の葬儀は行われた。
新撰組全員が甲板に上がった。
現在正装した近藤が追悼の言葉を読んでいる。
体調は相変わらず良くはならなかったが、それでも山崎を見送るため、甲板に上がった。
昨日あの場に居合わせなかった沖田も真っ直ぐとそれを見ていた。
沖田は今何を思っているのだろう。
微動だにしない。
本当に…死んでしまったのか…。
人間って呆気ないな。
美海は布をぐるぐるに巻かれた山崎をぼんやりと見た。
「山崎くんはいい奴だった。
武士たるもの戦場で一人死にゆく中、こんなにも多くの者に見送られて…。
あいつは幸せ者だよ」Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
近藤は最後にそう言うと式辞を終えた。
一張羅の裾で涙を拭った。
甲板はすすり泣く声でいっぱいだ。
幸せ…かぁ…。
結局、幸せだったのかな?
山崎さんの口から聞きたかったな。
幸せって、思ってくれてたら、いいな。
美海は屈託のない、山崎のあの笑顔を思い浮かべた。
山崎さん…。
あれ程泣いたからか、美海と昨日のメンバーはもう涙は出なかった。
枯れてしまったのだろうか。
ドンッ!
ドボン。
大砲が海に飛ばされた。
洋式海軍の慣習で式は行われている。
演奏をしながらも布に巻かれた山崎の上に日の丸旗が更に乗せられる。
土方は黙ってそれを見ていた。
山崎くん…。
俺と出会って、君は本当に幸せだっただろうか。
胸元からボロボロの日記を出した。
『山崎烝 取調日記』
山崎から船に乗る前に預かった物だ。
俺に、預かってほしいと。
まだ中は見ていない。
少し黄ばんだ表紙を見詰めている間に、すでに準備は整ったようだ。
山崎に碇が巻かれた。
今から山崎は水葬されるのだ。
新撰組は以前にも今後にも、こんなに立派な葬儀をしてもらえたのは山崎ぐらいであろう。
「敬礼ー!」
海軍がビシッと敬礼した。
ラッパが鳴る。
おもわず近藤も涙を流しながら敬礼した。
山崎さん…。
私、自分がいるから大丈夫だと思ってたよ。
なんとかなるんじゃないかって、思ってたよ。
でも世の中、思い通りにならないこと、いっぱいあるんだね。
ごめんなさい。助けられなくて。
ありがとう。
ズルッ
あっ。
美海は小さく口を開いた。
一瞬だった。
山崎は碇と共に海の底へと消えていった。
山崎が沈んでいった海面はキラキラと輝いていた。
式が終わるとほとんどは部屋に帰ってしまった。
またまるで何事もなかったように日々は過ぎるのだろうか。
山崎さんの亡骸は私の時代でも発掘されることはないんだろうな。
なんせ海に沈んだのだから。
美海は沖田と黙ってしばらく海を眺めていたのだが土方に呼ばれ、そこを動いた。
「なんですか土方さん」
土方は今日は泣かなかったようだ。相変わらず険しい顔付きをしている。
これを見てまた『鬼の副長』と言われるのだろう。
土方は何も言わず紙の束を押し付けてきた。
「これ…」
美海はしばらくここで過ごしてすっかり読めるようになったミミズのような字を読んだ。
「山崎くんのだ」
「山崎烝 取調日記…山崎さんの日記ですか。なぜこれを?」
沖田が首を傾げる。
「皆にも見せる予定だが、お前らは山崎くんにとって特別な存在だったからな。先に見せようと思って」
「見ていいんですか?」
美海は真っ直ぐに土方の目を見る。
「あぁ」
土方は頷くとその場を去った。
「美海さん。あそこで読みましょうか」
沖田は先程山崎を水葬した甲板のベンチを指差した。
美海はゆっくりと頷く。
「その昔、人の力を遥かに凌駕する異形のものは、畏れ、敬われたものだ。立場をわきまえぬ人間どもに思い知らせてやればよいものを」
愚か者のやることだ。
だが、一刻を争うこの時に、問答を吹っ掛ける行為も賢明とは言えない。
「人と関わる気はない」
その答えに、龍神は笑ったように見えた。
それには構わず姫の様子をうかがった。
胸が小さく上下しているのを見て安堵する。
痛みどめが効いてきたのか、わずかではあるが表情から険しさが消えたように見える。
龍神を見上げた。
「おれの足を動くようにしてくれ」
「それが望みか?」
「命を救えぬというなら、それしかあるまい」
龍神の目が細められたようにみえた。
「もうひとつ、方法がある」
その視線の先には姫の姿があった。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
「何やら面白いものを持っておるではないか」
「……何のことじゃ」
口にしてから、姫に渡した緋色の勾玉のことだと気がついた。
その透きとおった勾玉が揺らいだように見えた。
「あるとは聞いておったが、見るのは初めてじゃ」
「あれに使い道があると言うか?」
「あの勾玉には、強き魂が宿っている」
おばばからは、母の形見としか聞かされていない。
「まことか?」
「礼儀を知らぬこわっぱだ。誰に向かって言っておる」
そういいながらも腹を立てた様子はなかった。
むしろ、愉しげな口ぶりである。「それを、その死にかけている人間に入れてやればよい……手当てさえ必要ないだろう。それほど強き力を持っておる」
形見の勾玉で命を救える、というのか。
だが、叶えられる願いはたったひとつ。
ここで姫が回復したところで、隆家の邸までたどり着ける足がなければ意味がない。
「渡せる命はひとつしかない」
イダテンの答えに、龍神は面白そうに答えた。
「ひとつでよい」
どうなるのか見たいということか――だが、含みがある。
言葉にも切れがない。
なにより、気前がよすぎる。
「何を隠しておる」
そう口にして、気がついた。
「……人の魂ではないな?」
「ただ、ただ、誰かを助けたい、という思念だけで、この世にとどまっておる。長い年月でそれが誰だったか……おのれが何者で、どうすればそれができるかもわからずに……ゆえに、その身を乗っ取られることもあるまい」
龍神は言葉を濁した。
正鵠を射たのだ。
だが、異形の魂であれば、人とは比べ物にならぬほどの生命力があろう。
ならば姫を救うことができる。
三郎の無念を、わずかでも晴らすことができる。
――が、疑念がわいた。
それほどの珠玉を、母は、なぜ自分のために使わなかったのだろう。
都から来た陰陽師さえ、赤子扱いしたという母といえど、魂を操るすべを持たなかったのか。
それとも――「それは……」
この魂を受け入れれば命は助かるのだろう。
――だが、
「……それは、人ではなくなると言うことだな?」
「おそらく、人を遥かに凌駕する力も同時に手に入れることになろう」
「だめだ!」
おもわず叫んでいた。
それでは人とは呼べない。
「これから走ったところで間に合わぬかも知れぬぞ」
「かまわぬ」
迷いなく答えた。
そのときは苦しまぬよう、わが手で首を刎ねてやるまでだ。
*
「イダテン、わたしは……」
姫がようやく絞りだした声もイダテンには届かない。
続けて言葉を発する力もないようだ。
龍神にはわかった。
その珠玉がどのようにしてつくられたかが。
それほどの、思念が、その珠玉にはこもっている。
*風が小夜の頬を撫でた。
母が帰ってきたようだ。
沢から水を汲んできたのだろう。
家の外では心地よい風が吹き、新緑が眩しいに違いない。
山吹の花は、今朝の雨で散ってしまっているだろうか。
自分には、それさえも見ることができない。
見えるのは天井の梁や垂木ばかりだ。
良人のシバが見よう見真似で作ったこれらの細工をいつまで見ることができるだろう。
視力もすっかり衰えた。
この子のためにも生きねばならないとは思う。
だが、産後の肥立ちが悪く、長く臥せったままで、日に日に力が奪われていく。
意識を保てる時も少なくなっていく。
横で眠っているわが子を抱くことはおろか、乳をやることもできなくなっていた。
母が、乳の代わりに米粉を水に溶いて与えていた。
しかし、それも近々底をつこう。
何か売れるものは残っていただろうか。
代わりになる物はあっただろうか。
思いを巡らせていると、目の前を何かが横切った。
そして、すぐに戻ってきた。
輪郭のはっきりしない赤く透きとおったものが顔の上を漂っていた。
それはまるで小夜と赤子を気にかけているように見えた。
――ああ、と、一瞬で理解した。
これはシバだ。
添いとげようと誓った男の魂だ。
ありもしない罪を着せられ、国親の郎党どもに連れて行かれた良人の魂だ。
シバが、魂となって自分達のもとに帰ってきたのだ。
「父上様がされた折の、京土産であったと思います。ずっと以前のことですが」
“ 京 ” という言葉を聞いて
「それは実に好都合」
と蘭丸は満面に笑いを寄せた。
「近々、上様のお供で京へることになったのです」
「…京へ、でございますか?」
胡蝶の片眉がしげに歪む。
「されど父上様は、近く、備中へご出陣あそばされるご予定と伺いましたが?」
「左様にございます。されどその道中で、諸用の為、上様が都へ立ち寄られることになったのです。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
…ですから、上様に事情をお話して、それと同じ物をが都で手に入れて参りましょう」
蘭丸は笑顔で申し出た。
すると胡蝶は、し考えをめぐらせた後、再び首を横に振った。
「実に有り難きせではございますが──良いのです。このままで」
「しかし…」
「どんなに同じを頂いても、胡蝶は嬉しゅうございませぬ。この櫛は、父上様の思いがこもった、この世でたった一つの物。
壊してしまったのは私の不注意です故、それを反省しつつ、二度とこのような事がないよう、自身へのめにしたいと思いまする」
胡蝶は割れてしまった櫛を胸の上で握り締めながら、蘭丸に気丈な微笑を向けた。
蘭丸もその思いを汲み取ってか、小さく頷くと
「左様にございますか。 …出過ぎたことを申しました、お許しあれ」
伏し目がちに頭を垂れた。
飛んでもないと、胡蝶がかぶりを振っていると
カラン、カラン、カランッ…!
突として、床の間に下げてある青銅鈴が鳴り始めた。
お菜津は静かに腰を上げ
「様か古沍殿が、姫様の(おやつ)を持って来て下さったのでございましょう」
表を見て参りますると、速やかに部屋を辞した。
それからものの数分で、お菜津は、齋の局と共に部屋へと戻って来た。
齋の手には、塗りの盆が握られており、その上には蓋つきの菓子器が乗せられている。
「──本日は、南蛮菓子の “ こんふぇいと ” をお持ち致しました」
胡蝶の元にやって来た齋の局は、うきうきとした様子で菓子器の上蓋を開けた。
蓋の下から、こぼれ落ちんばかりの白いが、微かな甘い香りをわせながら現れた。
胡蝶は笑顔になって、それを一つ指でまむと
「ほんに、いつ見ても可愛らしいお菓子じゃ。まるで甘い種のよう」
口に入れるのが惜しいと言わんばかりに、うっとりとした様子で眺めた。
齋の局もを打つように、大きく首肯する。
「さすがは上様のお気に入りのお菓子にございます。まことに美味しそ…、いえ、お可愛らしい菓子にございます」
どこか物欲しげな様子の齋の局を見て、胡蝶はふふっと笑った。
「こんふぇいとがお気に入りなのは齋も同じでしょう?」
「いえ、そんな──私ごときが左様な珍しきお菓子など…。いえ、嫌いな訳ではないのですけれど、何だか勿体なくて…」
「お一つどうぞ」
「有り難く致しますッ」
明らかにひと粒以上を指に摘まんで、齋は素早く自分の口に押し込めた。
口の中に広がるその上品な甘みを、嬉しそうに堪能する齋の局を眺めつつ
「確か、父上様がこの南蛮菓子に出会われたのは、京であったな?」
胡蝶はふと思い出したように訊ねた。
齋の局は手で口元を隠しながら、静かに頷く。
「左様にございます。京の二条城にて、ルイス・フロイス殿となされた際に、や何やらの献上品と共に、詰めにされた物が贈られたそうで」
「やはりそうであったか」
「何故に左様なことをおきになるのです?」
「いえ、大したことではないのです。先程まで蘭丸様と京の話をしていた故、なんとのう思い出して」
「…京の、お話?」
「蘭丸様が、父上様のお供で、近く京へるものですから」
胡蝶の言葉に、齋の局は「え─」となる。
「姫様……
居室の上座に迎え入れた信長の前で、濃姫は弾くように目を見開いた。
「如何にも。かような事が頼めるのは、蝮の親父殿をおいて他にはおらぬ故な」
「まぁ─」
道三への援軍要請の話を聞かされた濃姫は、一瞬その面差しに緊張を走らせると
「ご安心下さいませ、美濃の軍勢は皆つわもの揃い。村木の地にても、殿の戦勝の為に大いにその力を発揮してくれましょうぞ」
愛嬌のある笑みを浮かべ、ゆったりと首を前に振った。
自分の父を、美濃の兵たちを信長が頼ろうとしてくれている。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
戦と分かっていながらも、濃姫はその事実が嬉しくてならなかった。
しかし喜びも束の間
「いや──。お濃、そうではないのだ」
信長はにべもなくそれを一蹴した。
「そうではない、と仰いますと?」
怪訝そうに眉を寄せる姫に
「共に闘こうてもらう為に軍を遣わして頂くのではない。この城を守ってもらう為に軍を遣わして頂くのだ」
信長は抑揚のない合成音のような声で告げた。
「何しろあの今川との戦じゃ。決着がつくまでに幾日要するか分からぬ。場合によっては七日、十日、はたまた一月(ひとつき)かかるか…」
「そんなにでございますか!?」
「さすがに一月は大仰やもしれぬが、少なくとも行って帰って来るだけでも二、三日は要するであろう。
儂が長く城を空けると知れば、他の敵方が……特に清洲の信友らが、大軍勢を引き連れてこの那古屋城へ攻め寄せる恐れがある」
「清洲様が?」
「我が首を狙わんと、こちらの隙ばかりを窺ごうている連中じゃからな。
最近では末森城の信勝のもとへ出向き、何やら良からぬ事を企んでいる気な様子」
「…まさか。あのお優しい信勝様に限って、実の兄上である殿を裏切るような真似は致しますまい」
「だと良いがな」
はっと短い溜息を漏らすと
「いずれにしても、親父殿に城番の軍勢一隊でも遣わしてもらわねば、こちらも安んじて出陣する事が出来ぬ。
儂の留守中に、この城ばかりか、町にまで火を放たれては大変じゃからな」
信長は如何(いか)にも城主らしい、威厳に満ちた面構えで言った。
「そこでじゃ、お濃、そなたに頼みがある」
「何でございましょうか」
「使者を美濃へ遣わすにあたり、そなたに文を一通したためてもらいたいのだ」
「お文を?」
と一言呟くなり、濃姫はすぐに察しを付けたように、やんわりと微笑んだ。
「承知致しました。紙の上であろうとも、必ずや殿の御為に、父上様のお心を掴んでみせまする」
姫は打掛の褄(つま)を引き、そのまま立ち上がろうとする。
「暫し待て──。そなた、いったい誰に宛てて文を書くつもりじゃ?」
「ですから美濃の父上様に…」
「そうではない。考え違いを致すな」
濃姫は思わず「えっ」となり、浮かせかけた腰を再び畳の上に下ろした。
「軍を派遣していただけるように、父上様を説得する文を書くのではないのですか?」
「親父殿への説得は使者の役目じゃ。左様な事を一々そなたに頼んだりしては、こちらの信用を疑われてしまうわ」
「でしたら、私は誰に宛てて文を書けばよろしいのです?」
「小見の方殿にじゃ」
「小見…、母上にでございますか?」
この夫の口から、我が母の名前が出て来るとは思いもしなかった濃姫は、目を二、三度ぱちくりさせると
「何故(なにゆえ)に、母上様に文を書かねばならないのです?」
第一の疑問を率直にぶつけた。
「今川を叩き潰したいのは親父殿とて同じじゃ。それ故、儂がその為の援軍を寄越してほしいと申せば、
尾張と美濃、同盟国の絆も相俟って、親父殿は喜んで一軍を遣わしてくれるであろう」
ほら、此度信長様が美濃から御正室を迎えられたのはご存じでしょ?
そのお輿入れに合わせて、姫様のために多くのお召し物が必要になったとかで、特に急ぎの物を我々が請け負ったのです」
「じゃあ何かい、これはその時の謝礼で?」
「ええ。何せ大急ぎで何十着も縫ったんだからねぇ、これくらい貰って当然ですよ。──ね、お濃」
「えっ。…ああ、そ、そうじゃな」https://www.easycorp.com.hk/en/notary
濃姫が慌てて相槌を打つと
「へぇー、そうかい。そんな気前の良い話があるんだねえ」
店主は一応納得したのか、銭の束を着物の袖にしまった。
危機を救ってくれたお菜津に、濃姫は感謝を込めて小さく頭を垂れると、
この話の流れを利用して、姫は店主にこんなことを訊ねてみた。
「それで、あの……信長様とは、どのようなお方であろうか?」
「信長様?」
「ええ。信長様は民の目から見て、どのようなお方として映っているのです?」
「また妙なことを訊くねえ。いきなり何故そんなことを?」
「いえ、少し気になりまして…」
「あなたもこの尾張で暮らしているのだったら、そんなこと訊かなくても分かるでしょう。
信長様、あれはこの国一の大うつけですよ」
店主は何の躊躇いもなく言った。
「大うつけ──」
「左様。この通りをいつも側近の者らを連れて歩いていますがね、身形は奇抜だし、その上態度も悪い。
最近じゃあ“種子島”とかっていう火を吹く長筒がお気に入りなようで、よく鷹狩り場でパンッパンッ撃ち鳴らしてますよ」
「…左様ですか」
「ただしね、あれはあれで、一部の者たちには人気があるようですよ。
特に子供や若い男衆は、何かと信長様贔屓でねえ」
「ま、それは何故です?」
「信長様は人の地位や立場といったものにあまり拘(こだわ)らないお方だからだよ。
力のある者、才のある者ならば誰でも家臣にお取り立てになるらしい」
「力、才のある者ならば誰でも…」
新たに得た信長の情報に、濃姫の端麗な面差しに神妙さが滲んだ。
まだはっきりと断定は出来ないが、自分の夫は確実に何か思惑があって、人とは違う行動を取っているようである。
自分が追い求めている“答え”に、また一歩近付けた濃姫は
「有り難う。機会があればまた伺いまする」
嫣然とした微笑みを残して店を後にした。
何事もなかったような顔でスタスタと街道の中心を歩いて行く濃姫を、三保野とお菜津は慌てて追いかけた。
「殿の情報を得るために、わざわざあの店に入られたのですね?」
「ああいった情報を一番持っているのは、やはり民じゃと思うてな」
三保野の問いに濃姫は歩を進めつつ答えた。
「しかし、姫様のおかげで余計な出費を致しました。
奥方となられたのですから、おたから(お金)はもそっと大切に使われませ」
「そう固いことを申すな。欲しい物が買えて、おまけに情報まで得られたのです。私にしてみれば一石二鳥じゃ」
姫が能天気な笑い声を響かせると
「…あ、そう申せば。先程の店の主人が、信長様は種子島なる火を吹く長筒がお気に入りのご様子だと言っておりましたが、あれはいったい何のことでしょう?」
三保野はふと思い出したように訊ねた。
「きっと南蛮から渡来した鉄砲のことであろう。初めに伝来したのが種子島であった故、巷では鉄砲を種子島というらしい」
「まぁ姫様、よくご存じで」
「前に父上が行商の者から買い付けた物を見せてもらったことがあるのです。
それは凄まじい威力のあるもので、引き金を引いて弾を撃つと、反動で自分の身体が後ろにいってしまう程だとか」
「そんな凄い物に殿は目を付けておられるのですね」